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どうやら、情報センターは精神安定剤と同じらしい Σ(゚Д゚)
一般からの相談。
地雷を踏んでしまって、おしかりを受けることも時にある。
一方、話を聞くに唯々徹する、あるいは、当初の目的(薬に関する相談)から脱線しよもやま話をしばらくすることで、相談者の気持ちが落ち着いたり、安心したりすることも時にある。
どちらも、時間を取られる上に、精神的な負担もかなり大きい。
前者は、それこそ、1日、いや、あるいは1週間分以上ものエネルギーが吸い取られ、さらに、脳の血管が切れそうになり、心臓にも負担がかかり命を削られる。
後者は、一度の相談の間に、何度も何度も同じ話が繰り返され、長時間にわたり唯々聞くだけであるが、そのうち忍耐力が鍛えられる(あまり、長いと多少はイラつくこともあるが)。
おまけに、話し相手になるだけで相手の気が和むので、ある意味、気が楽である。
さらに、土筆を送ってもらったり(佃煮にして食べた)、樹齢300年の梅の実摘みに誘われたり(梅酒にして、現在、5年もの)、相談者のご主人と仏彫仲間になったり(彼の良い気晴らしになったようで、相談者からそれについても感謝された)、想像していなかった“ご褒美”が付随することがある。
なによりも、感謝される(これが、最高のご褒美)。
今朝、一番、後者に属する相談が『常連』の方から寄せられた。
話の内容は、毎回、ほぼ同じ。
エチゾラムがやめられないというもの。注1
今回は、これまでと違って、さらに、その原因となっているであろう部分の話が聞けた。
あれこれ聞いているうちに、「話していると、薬を飲まなくても、スゥーッと気が楽になった・・・不思議ですね」との言葉が飛び出してきた。
所要時間50分。注2
エチゾラムよりも聞き始めが遅いが、どうやら、情報センターは精神安定剤と同じらしい。
注1:長年、エチゾラムを服用しており、依存的になっている。しかし、これまで、医師や薬剤師からは、薬の危険性(依存性)について何も話がなかった。ところが、昨年くらいから、急に処方量が減らされる上、この薬はあまり飲まない方が良い等言われるようになった。このような状況は、医師等に責任があるのではないか。飲まない方が良いと言われるので、どうにかして薬をやめようと思うが、いざ、薬を飲む回数を減らしてみたりすると、逆に、一日の生活が苦しい云々というのが、相談の主題。それに関連して、家族、地域背景等に関して次から次へと話が展開される。そして、それらがグルグルと回り始める。
注2: 最長は5時間くらいだから、50分はまだ短い方。20-30分は当たり前。